麻布十番商店街の凄さ

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関東でお好み焼きは、お祭りのような時に食べる特別なものだった。
「好不況に左右されない、普段の食生活に結び付いた基本的な飲食業態を追求しよう」。 W辺は、S屋に続く二度目の失敗を通して、固く肝に銘じた。
居食屋「W民」の1号店は1992年4月、東京.渋谷の京王線笹塚駅近くにオープンした。 お好み焼き店.唐変木と、その宅配事業に陰りが見えてきた時期だった。
株価が大暴落した1987年の「暗黒の月曜日」。 円高景気の日本はびくともせず、89年末の大納会でも株価は空前の値をつけていた。
度重なる金融政策もあって景気は徐に冷え、90年10月、ついに株暴落。 翌年からバブルの破たん現象が、社会の随所に露呈してくる。
「景気に左右されない、生活と地域に密着した飲食業の新しい業態を開発する」グループ千店構想の青写真を具体化するために、W辺美樹が越えなければならない開店前の準備に怠りはないか。

店舗巡回で店長の説明を聞くW辺「1人でも多くの人に、あらゆる出会いとふれあいの場、安らぎの空間を提供する」という経営目的を形に表した。 親と子、仲間同士が互いのきずなを深める手伝いを、食を通して行う。
飲食業の社会的責務と意義がそこにある、とする。 T8のチェーン展開をするかたわら、独自のブランドで始めたお好み焼き事業が壁にぶつかつている。
新しい業態の立ち上げは、なんとしても急がねばならなかった。 「それぞれの町に一店ツアー『もう1つの家庭の食卓』にしたい。
家族で、仲間で、恋人同士で普段着の食事を楽しむ。 週に一度は行きたくなる場所」「店は豪華でなくても、いつも掃除が行き届いている。
生活の一部であり、家庭より半歩進んだ快適空間になることを心掛けたい」笹塚店の開店あいさつでW辺は、社員スタッフを前に「W民」を、こう位置付けた。 ターゲットは地域に住む家族。
勤め帰りのサラリーマンを相手にした、飲酒中心の居酒屋とは違う。 かといって定食屋でも、ファミリーレストランでもない業態を目指す。

居酒屋は、売り上げに占めるAルコル比率が40%前後。 20%台に下げ、食事に比重を移す。
酒もフードも原価率は変わらない。 酒の売り上げが落ちても利益率は下がらないという、綴密な分析に基づいたものだった。
既存の居酒屋との差別化を図るには、提供する商品の創意工夫が不可欠。

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